何故、武術を追求するのか?

2026年09月07日 14:14

毘沙門天代表師範の私は、
武術を追求する様になった経緯を
ご紹介しましょう。

私も格闘技や空手を始めたときは
様々な格闘技のテクニック、
ウェイトトレーニングなど
所謂、一般的な取り組み方を
していました。

食事は低脂肪高タンパク、
プロテインや各種サプリメントの
摂取、一般的に現代も皆がやってる
知ってるトレーニング方法を

取り入れていました。
無論、成果を感じる事もありました
がやはり限界や頭打ちを感じて
しまったのです。

スパーリング(組手)でも
どうしても技が掛からない、効かない
テクニックや体力的にも
トレーニングを積んでるのに上手く
いかない、先へ進めない。
停滞している。進歩が無い。
そんな感じでしょうか。

ここで言って置きたいのは
私は徹底的な現実主義者です。

どうすれば強くなれるか?
上手くなれるか?出来ない事が
出来る様になるか?
勝てなかった相手にどうすれば
勝てるか?

そんな状況に対し、答えをくれたのは
武術的な側面だったのです。

身体の使い方や心の在り方、
それらを武術的なアプローチで
打撃、投げ、逆技に取り組んだとき

今まで決まらなかった技や出来なかった事が出来る様になったのです!

勿論、なかなか上手く出来ず苦労
した事もありますが、武術を

取り入れる事でパフォーマンスも
格段に上がりました。

武術の稽古は一般的な格闘技の
トレーニングと違い地味です。

若い頃の私ならこんな事やっても
意味無し、時間の無駄、武術など
ファンタジーで現実逃避する
人がやるものだと思ってました。

確かに武術の理合いが分からない
のなら、格闘技的な事をやってる
方が強くも上手くもなると思います。

しかし、一歩、武術の深い造詣に
触れる事が出来たのなら、

確実に強く・上手くなるのは
武術だと私は感じでます。

なかなか言語化は難しいですが
現代の多くの武道や格闘技は、
足し算的な、発想です。
トレーニング方法もそうです。

しかし武術は引き算的な発想です。
元々、人間が持っていた能力が

生まれてから生活していく上で
余計な動きや身体の動きが
身についてしまいました。

赤ちゃんから成長して身体も大きく
なって進化したと思う人が多いで
しょうが、実は退化している人が
多いのです。

それら無駄に身に付いてしまったもの
取り除く、引き算的なモノが
武術です。本来人間が出来てたもの
を取り戻す事です。

良かれと思って足し算的な思考で
多くの人が武道や格闘技に取り組んで
います。

それらを引き算的に本来持つ
人間の力を素直に使って行くのが
武術です。

日本人が本来、持っていたものです。

我が稽古会、毘沙門天も武術的な
アプローチで強さを追求して
いるのです。

失ってしまった心身を取り戻せば
パフォーマンスは上がります。

是非、毘沙門天の稽古に参加して
下さい😊







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